SATAMAN VIILU -ユヴァスキュラのサウナ&レストラン『サタマン・ヴィ―ル』
テキスト・動画・写真 こばやしあやな
この10年ほどフィンランド各地の都市部で勢いを増す、モダンな公衆サウナの新設ラッシュ。現代のフィンランド人の多くは自宅やオフィスにサウナを所有しているので、必ずしも日常的に「街のサウナ屋さん」に通う必要はありません。けれど、ときには広々としたサウナでより良い蒸気を浴びてリラックスしたい、あるいは友人や他のお客さんとの和やかなスモールトークの時間がほしいと、定期的に近場の公衆サウナに通う人も少なくないのです。また公衆サウナは、観光客にとっても、ローカルの人々と一緒に飾らない本物のサウナ体験ができる絶好の場所。コロナの規制緩和とともに徐々にツーリストの姿も戻ってきて、サウナ室のなかでは、外国人らが地元の人にロウリュ(焼け石に水をかけて蒸気を立てる作法)の仕方を教わる和やかな国際交流もしばしば見られます。
昨夏は、北サヴォ県の中心都市クオピオ郊外の風光明媚な湖畔にできた巨大サウナ・レストランSAANAをご紹介しました。そしてこの夏は、筆者が暮らす中央フィンランド県の中核都市ユヴァスキュラの、街並みを一望できる港の一角にもついに待望の複合サウナ施設が完成!一般公募でSataman Viilu(サタマン・ヴィール=港のベニヤ板)という少し変わった名前が冠されました。昔この地にベニヤ板の製造工場があったというのが、その由来。市民には「ヴィール」と呼ばれ、注目を浴びています。
総面積1190m²を誇る2階建ての巨大建築内には、まったく異なる趣きの3つのサウナ室と湖水浴場つきテラス、気軽なランチ・カフェメニューから地産地消にこだわったアラカルトまでが揃うダイニングレストラン、そしてパーティールームとしても使える眺望抜群のキャビネット3室を併せ持っています。
この目を引く複合施設がつくられたルタッコ港は、街のシンボルであるユヴァス湖に面し、中心街からも徒歩10分でアクセスできる市民の憩いの場。冬場もスキーやスケート靴を履いて凍った湖上へ出入りする人で賑わいますが、とりわけ夏場は、甲板がレストランバーになった停泊船やカフェが並び、ピクニックにぴったりの芝生公園もあって、いつまでも明るい夜更けまでたくさんの人々が思い思いの時間を過ごしています。
ユヴァスキュラ市は10年ほど前から、このルタッコ港に新しいレストランや公衆サウナの建設をずっと画策していました。長年出資者探しに苦労していましたが、フィンランドの小売業界で最大のシェアを誇る生協グループが運営に名乗りを挙げたことで、一気に話が進みます。ユニークな木造建築の設計を得意とするKOAN建築事務所が建築全体をデザインし、外観のログ構造をホンカが担当しました。木材はユヴァスキュラ市から100キロ圏内の森から運ばれてきたもので、素材や建造過程においても環境負荷が極力抑えられています。
実はユヴァスキュラ市民は、広大な湖や街並みに臨む自慢の港に奇抜な巨大建物が建つことで、愛すべき景観が遮られないだろうかと少し心配もしていました。ですが、まるで港に停泊する一隻の船のようにも見える新しいランドマークは、良い意味で市民の期待も不安も裏切ったと言えるでしょう。湖を背景に望めばスタイリッシュな黒一色、逆に湖岸からだと落ち着いた木の色味が壁を覆う、色彩の大胆なコントラストと木材の温かみ。さらにどの角度から見ても違う建築のように見える、軽やかな折り紙作品のような外形。そして外観にはライトさを、建築内部にはたくさんの光と絵画のような水景をもたらす、ワイドなガラス窓たち。一見してかなり斬新なビジュアルですが、爽やかな湖畔の景色を打ち壊すような異質感や重苦しさは不思議とありません。何より、落ち着いた空間で食事やサウナを楽しみながらユヴァスキュラの美しい街や自然を一望できて贅沢だ!と、市民には早速とても好評です。
公衆サウナセクションの監修を手掛けたのは、地元企業でもあり世界トップシェアを誇るサウナストーブメーカーのHarvia(ハルヴィア)社。更衣室以外は常に男女共用なので、水着着用で利用します。それぞれValo(ヴァロ:光)、Loiste(ロイステ:輝き)、Sisu(シス:フィンランド人魂)と名付けられた3つのサウナ室は、サイズも雰囲気もまちまちです。
テラス側の壁一面にガラス窓がはめられ、コンパクトながらとても明るく開放的なValoは典型的なフィンランド式サウナ。つまり、利用者自身が焼け石の詰まった塔型のストーブに水を打ち、空間を対流する蒸気を楽しむスタイルのサウナ室です。
最大サイズのLoisteは、「(ドイツなどの)ヨーロッパスタイルのサウナをあえてフィンランドに逆輸入した」と説明されます。何十人もが一度に入れる反面、入浴者によるロウリュの打ち水が届かないので、ストーブ自体が室温と湿度を自動感知・コントロールする「非ロウリュ型」のサウナ室です。湖やその背後の街並みを一望できるパノラマ窓が売りで、どの席からも美しい借景を眺めながらリラックスできます。
壁の木材が黒く塗られ、窓もなく照明も最小限に抑えられたやや異質なSisuは、電気サウナストーブではありますが、伝統的なスモークサウナの落ち着く雰囲気が再現されています。ロウリュ法はモダンな押しボタン式。「香り付き」のほうの壁のロウリュボタンを押せば、サウナストーブに向かってアロマ水が噴射され、スモークサウナを彷彿とさせるタールの香りがほのかに充満します。
それぞれのサウナ室を出ると、目の前には段々畑のようにゆるやかに下がりながら湖面のほうへと誘われる、広大なウッドデッキテラスが続きます。最上部には2つのジャグジー付き露天風呂があり、辺りに外気浴に最適ないくつもの椅子やテーブル、リクライニングベンチが並んでいます。そして突き当たりには、ちょうど湖に浮かぶように設置された「天然プールサイド」。水深があるので安全上デッキに囲われてはいますが、水風呂代わりに本物の湖の水中に飛び込んで火照った体を一気に冷やすことができます。もちろん真冬でも、寒中水泳用のアイスホールが開いていますよ!
また、サウナ客用の屋外デッキはレストランサイドのテラスバーにも通じているので、休憩の間にドリンク類を買うことも可能です。「ゆくゆくは、バスタオルを巻いた格好のままレストラン店内を利用するお客さんにも対応していきたい。だってうちはサウナ付きレストランなんですから、それも自然な光景でしょう!」と、マネージャーのカイヤさんは微笑みます。
最後にシャワールームでは、フィンランドのエコ&ヴィーガンソープの新興ブランドとして注目されるOle Hyväシリーズのシャンプーやボディーソープが何種類も備え付けてあるので、サウナでしっかり発汗したあとは、パッケージもかわいいフィンランドの自然由来のソープをぜひいろいろ試してみてくださいね。
サウナは、ロッカーに空きさえあれば予約なし利用も可能ですが、ウェブからの事前予約が望ましいとのこと。Sカード(生協のポイントカード)を提示すれば入浴割引もあります。バスタオルは無料で借りられますが、水着は各自持参なのでお忘れなく!もちろんレストランのみの利用も歓迎されます。
ユヴァスキュラ市内には他にも個性的な公衆サウナがあり、いろいろ入り比べてみてほしいですが、とりわけ今後はSataman Viiluでのサウナ体験や食体験を通して、地元の人たちが誇りに思う自然と都市とが共存する美しい街並みを堪能しにきてください!
Sataman Viilu(フィンランド語・英語)